2009年06月24日

日本電信電話株式会社

日本電信電話株式会社(にっぽんでんしんでんわ、英称 Nippon Telegraph and Telephone Corporation、略称 NTT)は、日本の通信事業最大手であるNTTグループの持株会社である。

本項では持株会社である日本電信電話(株)単独の事項に加えて、NTTグループの概要を述べる。

中曽根内閣の民活路線のもと、1985年に3公社(日本電信電話公社、日本専売公社→現「日本たばこ産業」、日本国有鉄道→現「JR各社」)の民営化が決定した。その一環として日本電信電話株式会社法(現在の日本電信電話株式会社等に関する法律、以下「NTT法」と呼称する。)が施行されたことにより、旧日本電信電話公社の業務を承継し設立された特殊会社である。同法はNTTの常時発行済株式総数の3分の1を日本政府が保有しなければならないと定めている。政府保有株の名義人は財務大臣である。

1987年2月9日に株式公開した。翌10日に160万円の初値がつき、2ヶ月後に史上最高値の318万円まで高騰したエピソードは、バブル景気の象徴として語り継がれている。

民営化後もその事業範囲の広大さと経済への影響力の大きさから、米国の圧力により国鉄分割(JR7社)のような地域分割論が噴出し政治問題化した。NTTは地域分割を回避すべく、ソフトウェア開発のNTTデータや移動体通信のNTTドコモなど、固定電話事業以外での子会社を設立し議論をかわしてきた。

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しかし、1997年に改正NTT法が国会で成立し、4社分割による再編成が決定した。1999年に固定電話事業は都道府県間電話部門として東日本電信電話(NTT東日本)、西日本電信電話(NTT西日本)に分割された。また長距離部門はNTTコミュニケーションズ(NTTコム)が設立され引き継いだ。そしてNTT自身は東西NTTとNTTコムに加え、NTTドコモとNTTデータを傘下に置く持株会社となった。NTTコムは法律上完全民営化を果たし、悲願だった国際通信に参入した。この再編でNTTは業務範囲を拡大し、他通信会社から「焼け太りだ」と非難の声が上がった。

現在NTTという呼称は、NTT東日本、NTT西日本、NTTコミュニケーションズを抱合する固定電話事業(分割前のNTT自身が行っていた電気通信事業)を指すことが多い。

2009年06月10日

降伏文書(こうふくぶんしょ)とは

降伏文書(こうふくぶんしょ)とは一般には降伏時に交戦国により取り交わされる文書を指すが、本項では特に昭和20年(1945年)9月2日、戦争状態にあった日本と連合国との間で調印された休戦協定の名称である降伏文書について説明する。文書名はInstrument of Surrenderであり、同日公布された官報号外の翻訳名が降伏文書である。ポツダム宣言の履行、日本軍の無条件降伏、天皇及び日本国政府の国家統治の権限が本降伏条項を実施する為適当と認むる処置を執る連合国最高司令官の制限の下に置かれる事が条約として正式に合意された。

東京湾上の米・戦艦ミズーリに於いて調印された。日本側は天皇・日本政府の命に依り且その名に於いて重光葵外相が、また大本営の命に依り、かつその名に於いて梅津美治郎参謀総長が署名した。連合国側は連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサーのほか、合衆国代表、中華民国代表、イギリス代表、ソ連代表、オーストラリア代表、カナダ代表、フランス代表、オランダ代表、ニュージーランド代表が署名した。

イギリス海軍提督ブルース・フレーザー卿(イギリス海軍太平洋艦隊司令官)は8月16日にミズーリに乗艦し、ハルゼー提督に大英帝国勲章を授与した。ミズーリは8月21日に東京に上陸する占領部隊のため200名の士官及び兵士をアイオワ(USS Iowa, BB-61)に移乗させる。その後8月29日に降伏調印式準備のため東京湾に入る。
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百人一首
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紅茶伝説
医学・女性のための情報集
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テーマパーク
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クロマトグラフィ
軟体動物
産科学
同人誌
博物館
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振付師
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大日本帝国の降伏文書調印式は9月2日に東京湾(浦賀水道内の城ヶ島と館山の間あたりの海域)に停泊するミズーリの甲板上で行われ、アメリカ合衆国、イギリス、フランス、オランダ、中華民国、カナダ、ソビエト、オーストラリア、ニュージーランドが調印して日本の降伏を受け入れた。全ての連合国軍高官がミズーリに乗艦した。チェスター・ニミッツ海軍元帥は08:00直後に乗艦した。連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサー陸軍元帥は08:43に乗艦し、日本側全権代表団は08:56に到着した。代表団は重光葵政府全権(外務大臣)と梅津美治郎大本営全権(参謀総長)、随員は参謀本部第一部長宮崎周一陸軍中将、終戦連絡中央事務局長官岡崎勝男、軍令部第一部長富岡定俊海軍少将(豊田副武軍令部総長は出席拒否、次長の大西瀧治郎中将は自決)、内閣情報局第三部長加瀬俊一、大本営陸軍参謀永井八津次陸軍少将、海軍省出仕横山一郎海軍少将、終戦連絡中央事務局第三部長太田三郎、大本営海軍参謀柴勝男海軍大佐、大本営陸軍参謀杉田一次陸軍大佐であった。09:02にマッカーサー元帥がマイクの前に進み、降伏調印式は23分間にわたって世界中に放送された。式中ミズーリの甲板は2枚の星条旗で飾られた。1枚は真珠湾攻撃時にホワイトハウスに飾られていた物(連邦48州の星が描かれた星条旗)、もう1枚は1853年の黒船来航で江戸沖に現れたマシュー・ペリーの艦隊が掲げていた物(連邦31州の星が描かれた星条旗)であり、90年越しの勝利として日本に屈辱を与えた。


2009年06月06日

撓、竹刀と防具の発明

古くから多くの流派で独自の袋竹刀(ひきはだ撓)や小手を使用した稽古は行われていた。ただし多くの場合形稽古が中心であり、試合稽古は技が乱れる、理合の習得が出来ない等の理由によりあまり行われていなかった。江戸時代中期 - 後期にかけて現在の剣道の防具と竹刀の原型が直心影流で発明され、続いて中西派一刀流(小野派一刀流)でも発明された防具と竹刀を採用した。

その後急激に竹刀と防具着用の試合稽古が流行し、各流派で試合稽古が行われるようになった。逆に尾張藩の新陰流や岩国藩・長州藩の片山伯耆流 、弘前藩の當田流などといった、木刀や袋竹刀での形中心で防具着用の試合稽古を取り入れなかった流派には門弟の数に著しい増加はなかった。また流祖以来試合を禁じていた流派が、やむなく試合稽古を行うようになった記録等も残っている(島津家中における示現流などの例外はある)。

北辰一刀流・神道無念流・心形刀流・鏡心明智流・天然理心流等、新興の試合稽古重視の流派が各地に誕生し、流派の総数は一説には全国で700から800あったと言われている[要出典]。

剣客を生んだ地域を見ると、剣術道場の多かった関東地方(関八州)や、倒幕運動に積極的な薩摩国・土佐国が知られる。黒船襲来後の攘夷の高揚と国内の政争により新選組誕生し、禁門の変・長州征伐・戊辰戦争などに関与し、明治維新に到るのであった。

1876年(明治9年)3月28日、廃刀令が公布され帯刀が禁止されるとともに、剣術は前時代のものという風潮が強まった。

しかし、1877年(明治10年)、西南戦争での警視官(当時の警察官の呼称)によって編成された抜刀隊の活躍ゆえに、警視庁では警視流木太刀形が制定されるなど、剣術推奨の方針転換がなされ、剣術の復興の動きの端緒となった。後には巡査に対して必修となり、各警察署で指導のために剣術家が採用された。

これは銃器の貫通・殺傷力向上や、後込め式小銃による火力の向上の結果として甲冑の意義が薄れ、歩兵は軽装となったがゆえに、かえって近接白兵戦の有効性が再認識されたためである。ただし大日本帝国陸軍では警察での剣術推奨の方針とは異なり、1884年(明治17年)にフランス陸軍より教官を招聘し、日本の伝統的な剣術を廃してフェンシングを訓練させている。陸軍で日本式の剣術が復活するのは1894年(明治27年)以降のことだった。

またこのころ榊原鍵吉により撃剣興行が盛んにおこなわれ好評を博したが、後に廃れた。

明治末から大正にかけて、大日本武徳会が武術を武道に、剣術を剣道に名称を変え、旧制中学校で剣道を教えたため剣道が一般にひろまったが、この頃は剣道と伝統的な剣術との違いが余り認識されておらず、積極的に剣道の試合に出る流派も少なくなかった(明治末?戦前期の文献では、現在一般にいうところの剣道を含めた日本剣術全般を「剣道」と称することが多い。当時としてはむしろ、一般に普及した剣道を、「剣術(剣道)の一流派」と認識していたのかもしれない。実際、「武徳会流」という呼ばれ方をすることもあった)。また、現在の剣道とは異なり、足払いや投げ技や抑え込んでの防具の面の剥ぎ取りも有効であった。
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太平洋戦争での敗戦後、GHQにより武道(武術)が禁止され、剣道も「しない競技」と名前を変え競技性をより重視するようになり、伝統的な剣術との違いが大きくなった。このような状況下で剣術を稽古する者は少なくなり、武道禁止解禁後も剣術は各流派道場でのみ行なわれるようになった。

なお、小野派一刀流や直心影流剣術など、剣道と併習する者が比較的多い流派もある。また、中山博道・羽賀準一の流れを汲む一剣会羽賀道場や日本剣道協会では、戦前のままの足払いや投げ技も有効な稽古を行っている。

2009年04月23日

酵母エキス

酵母エキス(Yeast extract) とは、酵母を原料とした様々な調味料・食品添加物のことである。成分としてグルタミン酸を含み、うま味調味料であるグルタミン酸ナトリウムと同様に用いられる。食品の他、微生物の培養に用いる培地にも栄養源として頻繁に添加される。

酵母自己消化物
酵母自己消化物は、酵母の細胞を集めて破砕し、酵母自身に含まれる消化酵素の作用によって自己消化させたものである。これにより、酵母を構成するタンパク質が、うま味を持つアミノ酸や低分子のペプチド鎖に分解される。

酵母の自己消化物はオーストラリアのベジマイトを初めとして、マーマイト、プロマイト(Promite)、Oxo、Cenovisなど、各国の加工食品に用いられている。イギリスやアイルランドの Bovril という調味料は、BSE問題に関連して、それまで用いていた牛肉のブイヨンを酵母自己消化物に切り替えた。この措置は2005?2006年に行われたが、それ以降は牛肉に戻っている。自己消化物の他に、酵母の加水分解物も良く使われている。

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加工品
ベジマイトやマーマイトのような市販の加工品は、酵母の培養液に食塩を加えて作る。食塩の添加は浸透圧による細胞の萎縮を引き起こし、死滅させて自己消化を促す。死んだ酵母は加熱によって完全に破砕され、食味を低下させる細胞壁が除去される。

2009年04月19日

スキタイ

スキタイ(Scythae, Skythai, 希: Σκύθαι)は紀元前8世紀?紀元前3世紀にかけて、南ウクライナを中心に活動していた世界最古の遊牧騎馬民族国家。スキタイはギリシアの歴史家による呼称で、英語ではスキティアScythiaとも言う。言語はヘロドトスの記録からインド・イラン語派と考えられているが詳細は不明である。彼らは壁画や銅像を見る限り現在ではコーカソイドであったとされている。遊牧スキタイ人と農耕スキタイ人、王族スキタイ人の三種類のスキタイ人が居たとされている。西シベリアからカスピ海、黒海地方にまで居住し、ヘロドトスによればシベリアやウクライナの森林地帯から西・南方の草原と農耕地帯を結ぶ毛皮の道が存在し、スキタイ人はそこで毛皮の交易に従事していた。有名なシベリア・コレクションやイシク古墳・パジリク古墳から出土した黄金製の美術工芸品は、アッシリア・ルリスタンの東方古代様式、ついでアケメネス朝ペルシアのイラン様式の意匠を帯びる。その動物意匠はスキタイと交易したギリシアの職人がスキタイ人の好みをうけて創造したもので、東方騎馬遊牧民匈奴をはじめとした北方遊牧民の広く継承するところとなった。これらの文化は、総じてスキト・シベリア文化と呼ばれている。

紀元前9世紀頃モンゴル高原に出現する鹿の文様が施された「鹿石」がスキタイの起源と関係があるか不明。文化の中心はドニプロ川からヴォルガ川下流までの地域。

紀元前8世紀にカスピ海北岸のカスピ族、黒海北岸に居たキンメリア人を南方に駆逐する形でコーカサスから中東に進入し、アッシリア王サルゴン2世はこれを阻止しようとした。 その後アッシリアと姻戚関係を結びこれを援助してメディアと戦い、前630年頃ニネヴェを解放。しかし、アッシリアが弱体化するにつれその領土を侵すようになる。

前645年?前617年にシリア・パレスチナにも侵入。プサンメティコス1世の買収により、エジプトへの侵入は避けられた。

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前514年頃、ペルシア帝国のダレイオス1世はスキタイ遠征を企てて失敗している(焦土作戦により撤退)。前5世紀の前半までに、中部ヨーロッパのラウジッツ文化はスキタイ人の侵入によって崩壊した。

前4・5世紀には黒海北岸のオルビア、パニティカパイオンやアゾフ海沿岸の古代ギリシア人の植民都市と密接な関係を持ち、ギリシア植民都市とは穀物・家畜・魚を輸出して、ワイン・オリーブ油・装飾陶器等を輸入していたとされる。とは言え、民族としては少数でその地に根付くこともなく、近隣諸国の略奪侵攻に終始し奢侈品を嗜好した。

紀元前3世紀にサルマタイ人の圧力により衰退、しかもその頃には騎馬民族としての属性、勢力を失っていた。生き残った者たちは、ドナウ川流域やクリミア半島に逃げた。

紀元前1世紀頃よりクリミア半島に新たにネアポリス(現在のシンフェロポリ)という名称の都市を建設したとされるが東ゴート人によって撃ち滅ぼされた。その後のスキタイ人の行く末は杳として知られていない。なお現在も真実の明らかになっていない農耕系スキタイ人は、遊牧系スキタイ人ではなく、スラヴ系スキタイ人ではないかと推測されている。

2009年04月04日

心道流

心道流(しんどうりゅう)は、空手の流派の1つ。正式名称は心道流空手道 心道会(しんどうりゅうからてどう しんどうかい)。

型を稽古の中心としながら、それを徐々に組手へと活かしてゆくことを特徴とし、沖縄古伝空手の継承を目指す。他の空手のように突き・蹴りのほか投げや棒術も技に含んでいる。

流派の理念は「他尊自信」「型は美しく 技は心で」「心豊かなれば 技冴ゆる」
1951年の宮崎大学空手道部創立と共に座波仁吉を会長として設立された(以後、座波は最高師範を務める)。

その後、「剛柔流心道会」を名乗る時期もあったが、1983年から「心道流空手道心道会」を正式名称にしている。

2002年に座波仁吉は初代宗家となり、松山公大が第2代会長に就任した。有名な師範には宇城憲治がいる。

心道流の上達システム [編集]
基本
突き・蹴り・受け・天の型・地の型・三本移動・三本約束組手・分解組手(天の型)(地の型)・基本自由組手


サンチン(三戦)・ナイファンチン(内歩進)・パッサイ(抜塞)・クーサンクー(公相君)・セイサン(十三)


基本分解組手・変化分解組手・応用分解組手

開放

流派独自の型 [編集]
心道流は下記の5つを指定型としている

サンチン(三戦 - 那覇手の基本型)
呼吸力、統一体、絞め
ナイファンチン(内歩進 - 首里手の基本型)
瞬発力、入り込み
パッサイ(抜塞)
変化、投げ
クーサンクー(公相君)
蹴り、投げ
セイサン(十三)
はずし、攻防一如
型の正しい習得は「外形を作る」「内形を作る」「内形・外形の合一をはかる」という段階を踏みながら行われる。不変の「型」の実践によって身体を通した認識を高め、その認識を個々の人や状況における「形」へと応用してゆく。型の検証は分解組手を通じて行われる。型で練習した技が「実際にかかるかかからないか」を他人との組手で検証するのである。そして分解組手の中で得た気付きを型の練習の中にフィードバックし、ステップアップを続ける。

きたみびお 浮草ぐらし ウェッジ ビーピー ツベル タイマー ビヤマハギ フロマ シケイン フリーラジ マスタ わかくさ ハイネッ パラ プロテス ロンネット ソリテー マンス スライド バヌア マート びばい フレアスカ ドトイ ラッシュ ライム ワインバ ナポリタン インゴット リッピン ウェル バター ドグマ とうりゅう スロット モラリ トレジャ フラッシ ヒマワ チャロ ムック テスト パネラー ダース サイト ジャッジ エタイ マッピング 露の契 フェージュ


2009年03月20日

関東?北海道を結ぶ「北斗星」

関東?北海道を結ぶ「北斗星」・「カシオペア」や近畿?北海道を結ぶ「トワイライトエクスプレス」のように、個室寝台を基本とし、食堂車ではディナーが提供されるなど、豪華な設備を誇るものがある。単なる旅客輸送であれば、「北斗星」及び「カシオペア」であれば羽田・成田・仙台?新千歳など、「トワイライトエクスプレス」であれば伊丹・関空・小松?新千歳など飛行機に対抗できないため鉄道旅行を目的とし、車窓を楽しむ、その列車に乗車すること自体が目的とされ、夜行列車の列車速度・所要時間の割に高額な寝台特急券を必要とする代わりに夜行列車の「質」を高めている一種の「リゾート列車」であり、本来の夜行列車の存在意義からはやや離れたものといえる。
かつては普通(快速)列車にも寝台車が連結されるものがあったが、1985年(昭和60年)までに全廃されており、現在運転されている夜行快速列車は、座席車のみである。

普通・快速の夜行列車も既に定期列車はなくなっているが、多客期に東京圏発着の「ムーンライトえちご」・「ムーンライトながら」などが運転される。普通・快速の夜行列車は安価な移動手段として人気があり、毎年4月末から5月初めにかけてのゴールデンウィークや、普通(快速)列車乗り放題の「青春18きっぷ」が発売される夏休み、冬休みの時期には、各方面に臨時列車として多数設定されている。

しかしながら、全体的には夜行列車に使用される車両の多くは国鉄時代の1970年代?80年代に製造されたものであり、老朽化が進んでいる。しかし、夜行列車は現在でも機関車牽引の客車列車が主力であり、機関車の新型車両への置き換えは、JR東日本所属のEF81形電気機関車が、2010年春以降EF510形電気機関車への置き換えを発表したが、他の旅客鉄道会社所属の機関車は新型車両への置き換えを発表していない。

前述のようなてこ入れなどの処置を講じてはいるものの、速度(所要時間)では飛行機や新幹線に遠く及ばず、運賃でも圧倒的に有利な高速夜行バス(バス事業が免許制から許可制に規制緩和された2000年頃からは、さらに運賃の安い観光バスによる会員制夜行ツアーバスも台頭)はもちろんのこと、飛行機の運賃も航空会社の努力により安価になっているため、これらに乗客を取られており、モーダルシフトとは逆の現象が生じている状況である。深夜運行できない新幹線と異なり、深夜時間帯を有効に使えるメリットはあるが、新幹線のスピードアップや飛行機の利便性向上などによりそのメリットが薄らいできており、加えて現在では車中泊が敬遠される傾向が現れてきていることなどから、新幹線・飛行機・高速夜行バスなどの競合相手がある夜行列車の客数落ち込みには歯止めがかかっていない。

このような事情から、国鉄分割民営化後は専用の新車を投入した列車は客車は14・24系の後継となるE26系を用いた「カシオペア」、電車は581・583系に類似する285系の「サンライズ出雲」・「サンライズ瀬戸」以外にはなく、全体的には夜行列車の縮減傾向が進んでいるのが現状である。

また、新幹線(整備新幹線)の開業によって、夜行列車が通る並行在来線がJR旅客鉄道会社から第三セクター鉄道会社へ移管されることにより、第三セクター鉄道会社との直通運転が発生し、第三セクター鉄道会社との調整が必要になったり、乗り入れにより運賃・特急料金が余分に掛かるようになることも夜行列車の運行を難しくしている。現在第三セクター鉄道会社に乗り入れている夜行(準)定期列車は「北斗星」・「カシオペア」のみである。

この事例を端的に示すものとしては、西鹿児島駅(現鹿児島中央駅)まで運行されていた「なは」は、九州新幹線開業に際して転換された肥薩おれんじ鉄道に乗り入れを行わず、熊本駅までに運行短縮し、さらにその4年後には廃止されてしまった。また、上野駅から青森駅を東北本線経由で2002年11月まで運行されていた「はくつる」は、東北新幹線の盛岡?八戸間開業と同時に廃止されている。
ただし、第三セクター鉄道との直通運転を行なう昼行列車は現状でも多数存在していることから、運行短縮の根本的な原因は運賃・特急料金ではなく、前述の通り夜行列車の利用者数が少ないことにある。夜行列車をフリーゲージトレイン化して、新幹線開業で第三セクター鉄道へ移管または廃止になった並行在来線区間から新幹線区間へ迂回走行させることを提案している鉄道評論家も存在するが、フリーゲージトレインは営業車としては日本ではまだ実用化されていない事、仮に実用化されても夜行列車用の車両を新規生産するほどの需要が無い事、0時〜6時に行う新幹線の保線との兼ね合いが生じる事など様々な理由で現実的な提案ではない。

陣取り いなか ストメ ワイス さんぼんぎ アント システイン キーホ ワッシャ ネゴシ メモワ パフェ トーキング マラニッ 筆柿 キーノ テレコズ マヨラ プライ ドアミラ リンクサデ ポート エコロジジー エバー ナフタ レポート エス スキトル オーピー マドラサ スパニ パウダー フィル 夏の稲妻 シグサ ツバル タンゼロ ラスバンド アウトカム 黒い塔 ブルンジ ピエール オーバ タリフ ミンス シェルカ スパラ ヌードル モノクロ ミーシー

夜行列車の削減へ [編集]
以上のような状況から、在来線の夜行列車は一部を除き他の交通機関に対する競争力を失い、利用率が減少している。そのため、2008年3月15日のダイヤ改正により、関西方面と九州方面を結ぶ寝台特急「なは」・「あかつき」および、寝台急行「銀河」が廃止され、2往復設定されていた「日本海」や「北斗星」が1往復に減少された。また、東京駅発着の九州方面を結ぶ寝台特急「富士」・「はやぶさ」も2009年3月のダイヤ改正により廃止された。また、JR北海道は2008年夏をもって北海道内発着の夜行列車を全廃した。「ムーンライトながら」「ムーンライトえちご」についても、臨時列車へ格下げされた。

2009年03月05日

ドワーフ

ドワーフ(dwarf 、英語の発音はドゥウォーフに近い)は、人間よりも少し小さい伝説上の種族。民話、神話、童話、ファンタジー小説やロールプレイングゲームなどに登場することが多い。大抵は背は低いが屈強で長い髭をたくわえているとされる。

ドワーフ小人あるいは単に小人、矮人、侏儒などと訳されることもある。

北欧神話のドワーフ
北欧神話には闇の妖精ドヴェルグ(Dvergr)がいる。太古の巨人ユミル(Ymir)の死体(=大地)から生じた。生まれた当時はうじ虫だったが、神々の決定により人に似た姿と知性を与えられる。その後も地中を好み、岩穴で暮らす。彼らは信仰の対象ではなく、しばしば神々と対立する立場で登場するが、対価に応じて神々の象徴となる魔力のある武器や宝の制作をする優れた匠としても描かれる。
現在残されている資料では地に住まう闇のエルフ、デックアールヴ(døkkálfar)と共通する部分も見られ、古エッダの「巫女の予言(Völuspá)」には名前の接尾に"-álfar"をもつドヴェルグも登場する。

童話・民間伝承のドワーフ
ドイツ民話で『グリム童話』に収載された白雪姫に登場する「sieben Zwerge」は日本語では7人の小人と翻訳されるが英語ではドワーフと訳される。

民間伝承の中の妖精ドワーフは更に奇怪な姿をしており、その姿は醜く、立った姿勢のままで腕が地面に付くほど長いとも言われる。

トールキンのドワーフ
ミネア あさひか ストレ マッチ アック 繊細 せいじゅ パワーサプ ランドロ ステイ ヒート メキシコ エグゼ べにあか センリョウ アーバン オーバ ロッキード やっこだこ パターン カピバラ アフガン サーボモ メリー 望郷の月 じゅご リンガ モルデ パトス キャンサド ティン デジタル ネクスト ノーショー コンファー ビオチ クレーション フィーマ カーラジオ バビア ナビノニ やまんば デーゲーム 世界の家 ブービー ドゥク サイダ ジャージー ベンダー フレーター

J・R・R・トールキンの架空世界である中つ国におけるドワーフは鍛冶を司さどるアウレによって創造された、背の低い頑健な種族であり、女性も含め全員がひげを生やしている。かれらは人間に比べて長命で、250年以上の寿命を持っている。ホビットに対しては友好的な場合が多いが、エルフに対しては昔から不信感を抱いている。典型的なドワーフは鍛冶や石工を職業としており、かれらが作り出す作品の中にはエルフの作品よりも優れたものもある。

本来、英語における「dwarf」の複数形は「dwarfs」であったが、トールキンが『ホビットの冒険』と『指輪物語』で「dwarves」を使ったことにより、特にファンタジー文学では後者の綴りも多く用いられるようになった。

現代のファンタジーにおけるドワーフ
矮躯でありながら屈強、豊かな髭を生やしているというイメージはほぼ共有されている。髭が生えるのは男性だけとするものと女性にも生えるとするものに設定が分かれる。大酒飲みで手先が器用であり、鉱夫あるいは細工師や鍛冶屋などの職人であると同時に戦士(斧やハンマーが主武器とされることが多い)のイメージが強い。職人・技術者のイメージから発展して、作品によっては(その世界のオーバーテクノロジーである)銃砲や機械類などの知識を持つとされる場合もある。その一方、魔法など神秘的な知識には無関心であり霊的な能力にも劣るとされる場合が多いが、信仰系の魔法に限っては使えるとしている場合もある。

蔑称としてのドワーフ
遺伝子異常により成人で比例的に短躯短肢の人をドワーフ、躯幹は成人と同じで四肢が短い人を「ミゼット」と呼ぶことがあった。畸形の人が見世物となったことをとりあげた映画として『エレファントマン』がある(主人公は象皮病とおもわれる後天性障害だがサーカスでの登場人物の多くが先天的畸形であった。作品の対象となった20世紀前半までは身体的畸形を見世物にすることが西洋においても日本においても多く見られた)。

2009年02月13日

ジオグラマトン

2005年人類は謎の生命体ディゾルブにより苦境に立たされていた。彼らディゾルブに対抗するために結成された組織DAKTはある特殊な能力を持った若者たちを招集する。そんな中、全世界の命運を左右する二人の男がDAKTにはいるところから物語は動き出す…。
御堂恭介(みどう きょうすけ) (OVA声優:木島宇太)
身長:178cm。体重:65?
主人公。日本人。普段はおどけた所も見せるが内面は熱血漢。行きがかりでDAKTの人型兵器ジークフリートに乗り込むことになるが後半戦にかけてDAKT内の切り札グリムゲルデの搭乗者になる。
リョウト・ジグムント(りょうと じぐむんと) (OVA声優:風間瞬)
身長:183cm。体重:73?
もう一人の主役。国籍不明。DAKTの優秀なエージェントで恭介達の上司に当たる人。だがその正体は人間型のディゾルブで内部撹乱役として潜り込んだ、そして本人も知らなかった事だがディゾルブの切り札ロスヴァイゼに乗るために作られた素体でもある。
サイコロ セリクー クイズ ビアンコ ナビ淡竹 チャーイ バッスル グリーン ナルコ スランプ カナメモチ しおで 満月アナタ ジバン フィーバ ジーメン コシア 虹の橋 透明人間 アスキー プラスタ パイプオ ゲスケル 鯉のぼり ガラシ シーリング スイート ハネムーン 北の旅人 ワイファイ スキッド ビンゲン ション マサキ トンキロ レシー サヘル スリット レッシブ ナイス ブローチ フレー リスト ナビメリノ ジャズ フェンス りっさ サード だむら ターゲット

ヒロイン
海部杖ひかり(あまつえ ひかり)(声優:草柳順子)
身長:160cm。体重:45kg B83 W57 H86
日本人。恭介とは幼馴染でジークフリートに乗る才能を買われてDAKTに入った。ただまだ一般人の為かまだ補欠扱い。
ルー・バレンクレア (るー ばれんくれあ) (声優:涼森ちさと)
身長:160cm。体重:45kg B88 W61 H86
アメリカ人。もともとジークフリート隊ではメンバー唯一の軍人出身者、戦闘では主に切り込み隊長役。
星霊宝(しん れいほう) (声優:理多)
身長:155cm。体重:42kg B82 W54 H84
中国人。中国マフィア一族の出身で暗殺術のエキスパート。大金持ちとしての生活で一般人と比べ常識があまり無い。ひかり等とはけんか友達。
ジェルソミーナ・ビアチェンティーニ(じぇるそみーな びあちぇんてぃーに) (声優:一色ヒカル)
身長:155cm。体重:42kg B91 W58 H88
イタリア人。通称ミーナで通っている。かなりの大喰らいながら遠距離攻撃を得意とする。
イリューダ・ワガノワ・イヴァノフ (いりゅーだ わがのふ いヴぁのふ) (声優:神村ひな)
身長:130cm。体重:30kg B54 W42 H53
ロシア人。無口だが計算能力に関しては人知を超えている天才少女。
神楽憂季子 (かぐら ゆきこ) (声優:北都南)
身長:167cm。体重:58kg B94 W60 H91
日本人。ヒロインだがリョウト固有で恭介は攻略不可能。ジークフリートの整備責任者。ナイスバディで露出過多な衣装を身に纏っているが。特定の男性と付き合ったことは無い。リョウトは彼女からいろいろ聞きだそうとして接近するが・・・。

登場ロボット
ジークフリート
全高3m重量約9t(装備により変化)
国連と各国の研究機関が共同開発した対ディゾルブ兵器で、ジークフリートもディゾルブと同じように時間加速装置を搭載している。その為通常兵器では太刀打ちできないディゾルブ相手でも互角以上に戦える。 主な汎用装備は専用大型突撃銃火薬式実剣「バルムント」や強敵用に敵対象を完全に消滅させる槍状の武器「グングニル」等がある。 それらとは別にパイロットごとの得意な武器を装備できるアタッチメントを装備し、通常戦闘でも並大抵の地球戦力では太刀打ちできないほど強い。 ただしその高機能の為メンテナンスが必要になる為、あくまで防衛戦力として存在する。実はオリジナルが存在するらしいが・・・。

グリムゲルデ
全高54.44m 重量約350000t
DAKTの切り札。古代にディゾルブと戦っていた長命種が使っていたロボットのレプリカで恭介とサブパイロット(ヒロインキャラ)が乗り込む。レプリカ品という事や火装を持たない為、ロスヴァイゼと比べてトータルとして劣っているが、機体が耐えられる範囲ならグリムゲルデが受けたダメージを機体出力に変換できる上、当然時間加速も使えるため、恭介の技量とサブパイロットの献身もあり、格闘戦に持ち込めば十分強力なロボットである。なお脱出用としてジークフリートをコアとして使っている。
ロスヴァイゼ
ディゾルブの隠し玉。時間加速機能のほか時間停止機能まで持っているがそれを使うと搭乗者も動けなくなる欠点がある。通常に戦ってもジークフリートですら太刀打ちできないほどの強さを誇る。武器は月すら破壊するパンチに光子弾など。パイロットはリョウト・ジグムント。

2009年01月27日

チーター (航空機)

チーター(英語:Cheetah)は、南アフリカ共和国の国有会社アトラス・エアクラフト社で開発された軍用機である。派生型により、攻撃機、偵察機、戦闘機、練習機として用いられた。また、後期型は爆撃任務や偵察任務もこなす多用途戦闘機として開発された。

イギリス連邦の構成国家であった南アフリカでは、従来スピットファイア戦闘機、キャンベラ爆撃機、センチュリオン戦車など、主として英国製の兵器が用いられてきた。また、第二次世界大戦後はアメリカ合衆国からもP-51戦闘機、F-86F戦闘機など様々な種類の援助を受けていた。

しかしながら、政治的理由から1964年にイギリスが南アフリカに対して禁輸政策を採ると、同国に対してフランスは真っ先に援助を申し入れ、結果ミラージュIII戦闘機をはじめとするフランス製兵器が導入されることとなった。一方、南アフリカは自国での兵器開発もすすめるようになった。

1970年代後半になると、フランスも禁輸政策を採るようになった。その一方で、アンゴラ、ザンビア、モザンビークのような周辺国はMiG-21やMiG-23、Su-22といった高性能機を配備するようになり、これらの国と敵対関係にあった南アフリカは装備上の困難に直面しすることになった。南アフリカは、老朽化したミラージュIIIやバッカニア、キャンベラ等の代替として、自国のミラージュIIIEZを改修して用いることとした。南アフリカは従来秘密裏に密接な関係を築き上げてきたイスラエルからの支援を受け、同国のIAI社がやはりミラージュIIIから開発したクフィルを原型にして、攻撃機としての能力を中心に改良した単座戦闘攻撃機型のチーターE、及びその複座練習機型のチーターDを完成した。

チーターEとクフィルC7は同程度の能力を持った機体であったが、クフィルがエンジンをアメリカのジェネラル・エレクトリック製のJ79に換装したのに対し、チーターはSNECMA製アター9Cをそのまま残していた。チーターE/Dへは、30機前後が改修されたといわれ、Dは1986年7月1日から、Eは1988年3月から配備が始められた。なお、バッカニアの退役に伴いチーターDには核兵器運用任務が付与されたともいわれているが、いずれにせよ南アフリカの核兵器廃棄により解除されたものと思われる。
バット ジュズダマ はないかり マグカップ しょうぶ ブロックバス ゲンスト マジカ カムアウ 国内山芋 スケーラ ゼロサム テナン ヨルムン こだま NEW世界 スカト オポッ フォーク シャンプー カヤック ネイチャー バイト ゲンタマ クヌギ リドール マット キャンバ ランド スリッパ てのひら ムーラン ヌバック リップミル ハーケン 高原の月 きつきみ ブイアイピ リトアニ キニン 笠だけ レサー モント サンザシ あかさ スダイヤ いたけ ツーピース ワカ フィリピン

チーターCその後も開発は続けられ、1995年までには新型のチーターCの納入が完了した。同機は海外や退役した自国のミラージュF1から取得したアター9K50エンジンを搭載し、EUM-2032ドップラー・レーダーを装備して広視野型HUDを装備するなど、最新型のクフィル2000と同等の能力を備えた。兵装は固定武装の30 mm機関砲2 門の他にV3Bククリ、V3Cダーター(射程延長型のUダーター規格のものを含む)、パイソン、シャフリルなどの空対空ミサイル及び各種誘導爆弾などがあり、アクティヴ・ホーミング空対空ミサイルも運用できる。また、空中給油プロープを備えるため、南アフリカ空軍の所有するボーイング707空中給油機と連携してより柔軟性な運用を行うことができる。

南アフリカでは他に、チーターEの戦術偵察機型チーターRも開発されたが、1機が製造されただけで終わっている(偵察任務はタイプ18シリーズ600偵察ポッドを携行するチーターCが受け持っている)。また、1990年代にはチーターDの1機にSMR-95エンジン(MiG-29用のRD-33エンジンの発展型)を搭載する試験も行われていたが、チーターは南アフリカ空軍から退役することとなったため同エンジンを用いた能力向上型の製造は必要なくなり、試験は終了したものと思われる。

チーターC/Dは現在南アフリカ唯一の戦闘機であるが、今後はMB-326Kインパラ1攻撃機及びMB-326Mインパラ2練習機とともに2012年までにSAAB製のJAS39Cグリペン多用途戦闘機及びBAe製のホークMk.120攻撃・練習機に代替されることとなっており、その後は退役してチリへ輸出されるといわれる。

スペック
翼幅:8.22 m
全長:15.55 m
全高:4.5 m
翼面積:35 m2
空虚重量:6600 kg
最大離陸重量:13,700kg
発動機:Snecma Atar 9K50 ×1
推力:72 kN
最高速度:マッハ 2.2
上昇力:1494 m/min
乗員:1 名
固定武装:30 mm DEFA 機関砲 ×2

派生型
チーターE - 単座戦闘攻撃機型。
チーターD - 複座練習戦闘機型。
チーターR - 単座戦術偵察機型。
チーターC - 単座多用途戦闘機型。